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歴 史
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ゴールデンハムスター・人間との歴史
 ハムスターの中では、最も古くから飼育されていたのはゴールデンハムスターです。ゴールデンハムスターと人間との歴史は、まだ浅く約200年あまりのものです。もっと歴史があるのかも知れませんが、現在分かっているゴールデンハムスターのことが記載されている最古の文献(1797年)に「頬にエサを詰め込むハムスターを見た」ということが記載された書物があるからです。その書物名は、アレクサンダー・ラッセル著作「THE NATURAL HISTORY OF ALEPPO」第2版です。頬にエサを詰め込むハムスターを見つけたのは弟のパトリックという説もあります。
 次のゴールデンハムスターと人間との出来事は、1839年4月9日に、シリアのアレッポで見つかったとされている年老いたメスのゴールデンハムスターの標本を、ロンドン動物学協会の評議員だったジョージ・ロバート・ウォーターハウスによって学会に持ち込まれ、イギリスに初めてゴールデンハムスターが登場しました。このとき持ち込まれたゴールデンハムスターの標本は現在も、ロンドンの自然史博物館に保存されています。(ベイルート博物館に保管されていた雌の標本について1839年にウォーターハウスによって命名記載された。)
 標本が持ち込まれてから、約40年後の1880年についに捕獲に成功。シリアのアレッポの総領事を務めていたジェイムス・ヘンリー・スケーン氏が、ゴールデンハムスターを捕獲し、スコットランドの自宅で世界で初めて飼育繁殖させたが、ジェイムス・ヘンリー・スケーン氏が捕獲したゴールデンハムスターの血を引き継いだ子孫は約30年で途絶えてしまいました。
 1930年4月に、シリアのアレッポ近郊でゴールデンハムスターと人間との歴史的な出会いがありました。地下2メートルの巣穴から、メスのゴールデンハムスター(母親)と12匹(11匹と言う説もあります。)の子供のゴールデンハムスターを、イスラエル、ヘブライ大学のアハイロニ教授(動物学者)が捕獲しました。母親のゴールデンハムスターが子供を一匹噛み殺してしまったため、アハイロニ教授は子供のゴールデンハムスターだけをイスラエルに8匹、実験用に連れて帰り、1930年7月にヘブライ大学寄生虫学教室で飼育するが、4匹逃げられ、残ったメス3匹とオス1匹の内のメス1匹はオスのゴールデンハムスターに殺され、たった3匹(オス1匹、メス2匹)になってしまった。その残った3匹から交配して子孫の繁殖に成功し、一年余りで150匹に増やす。現在のゴールデンハムスターはすべてその子孫と言われています。
 1931年にアハイロニ夫妻が繁殖させたその一部のゴールデンハムスターがイギリスに実験動物として持ち込まれ、ロンドンの科学研究所のヒンドル教授に渡され、ロンドン動物園で繁殖し、一般の人にも売られるようになりました。その後、何度か野生固体も発見され、その血統も導入されました。飼いやすいためと繁殖が簡単で妊娠期間が非常に短く多産で実験動物として都合がよかったため、実験用動物として大量に繁殖されるようになりました。現在では野生の固体はほとんどいないと言われています。
 イギリスからアメリカに渡ったのは1938年で、アメリカから日本に渡って来たのは1939年(昭和14年)、ともに最初は研究所で実験動物として利用されるためでした。実験動物として長年、人間に飼われている間に性格がおとなしくなりペット化していったのではないかと言われています。日本には最初、歯の研究のための実験用として輸入されたらしいです。
 日本でペットとして飼われるようになったのは1965年(昭和40年)頃からです。
 1971年と1978年にもシリアのアレッポで マイケル・マーフィー、ビル・ダンカンがゴールデンハムスターを捕獲しアメリカで飼育繁殖させています。
 その後日本では、数年前からマンガ本やテレビのアニメにハムスターものが登場し空前のハムスターブームになり現在に至っています。ハムスターの中では、最も古くから飼育されていたのはゴールデンハムスターです。
ジャンガリアンハムスター・人間との歴史
 ジャンガリアンハムスターは、日本にはペットとしてではなく、ソ連(今のロシア)のポゴシアンツ博士から、1968年に国立遺伝学研究所細胞遺伝部長の吉田俊秀博士が実験目的に直接送って貰ったのがわが国に渡来した最初でした。日本でのペットとしてのきっかけは、ある日本のペット輸入業者がオランダを視察した際に、ジャンガリアンハムスターのヨーロッパでの人気に注目して、日本に輸入したのが日本でのペットデビューとされ、1993年からペットとして広がり始めました。温和で見た目にも可愛く、人にも慣れ小型なので飼育するスペースも少なくてすむところから人気急上昇です。
ロボロフスキーハムスター・人間との歴史
 1994年、キャンベルハムスターと同時期に日本に来ました。ペット用ハムスターとしては最小。動きがすばしっこく臆病で人に慣れにくい。一番最近になって輸入されたハムスターだと思います。
チャイニーズハムスター・人間との歴史
 中国の北京近郊でとらえられたものが元になったと言われています。1959年にアメリカ合衆国から日本に遺伝研究のため導入されました。1981年からペットショップに登場。大きな目とネズミっぽい容姿が特徴で穏やかな性格で人に良く慣れます。
クロハラハムスター・人間との歴史
 ペットとして普及し始めたのはごく最近のことです。実験動物としては昔から知られています。1548年の記録が最も古く、東ヨーロッパにあります。ヨーロッパハムスターとも呼ばれ、名前のようにお腹側が黒い毛がはえている。ハムスターの中では最大級で、臆病な性格です。
ブラントハムスター・人間との歴史
 1965年と1971年にトルコで捕獲されたことから名付けられています。
タビキヌゲネズミ・人間との歴史
 ペット用として普及してません。研究室で飼育されています。比較的知られていて1963年から研究室で飼育されています。
オオキヌゲネズミ・人間との歴史
 タビキヌゲネズミと同じく、ペット用として普及してません。研究室で飼育されています。最初に日本に渡来したのは1973年で、韓国江原道で捕獲された雌雄各1頭です。その後、名古屋大学環境医学研究所の織田銑一博士が中国吉林省で捕獲して持ち帰り、繁殖した個体が1992年に宮崎医大に導入されました。
ニュートンハムスター・人間との歴史
 ペット用とは知られておらず、研究室で飼育されているだけです。
キャンベルハムスター・人間との歴史
 1994年、ロボロフスキーハムスターと同時期に日本に来ました。もとはジャンガリアンハムスターと同種と言われるほど容姿が似ている。とても活発な性格で気が強い。
 ヒゲカンガルーハムスター・オナガキヌゲネズミ・ハイイロハムスター・他・の人間との歴史が分かり次第、更新していきます。上記に記載した種類も、もっと人間との歴史について調べられたら更新していきます。
ハムスター品評会の歴史
 欧米ではハムスターのペットクラブがあり品評会を行います。多くのハムスターの愛好家が品評会を目指してブリーディングをしています。ハムスターの最初の品評会は1945年イギリスで開催されました。それ以来、ヨーロッパやアメリカでは定着しています。毛色の呼び方などは標準を品評会で決めています。
ハムスターの人間との歴史を調べてみて一言
 ハムスターの人間との歴史を調べてみて、ハムスターのほとんどの種類がペットとして人間に飼育される前は、実験動物として人間に利用され、ペットとして日の目を見ない種類のハムスターは、昔から今現在も実験動物のためだけに、飼育されている種類のハムスターもいました。テレビでたまに、ネズミが実験動物として扱われている映像を見かけます。私はいつも画面を見ていられないので、すぐチャンネルを変えてしまいます。あの画面と同じようなことが、ハムスター(ハムスターもネズミの仲間)にも今まで行われてきて、現在も続いていることを思うと何とも言えない気持ちになりました。人間のためにとても役立つ物を作るためやデータを取るために、ハムスターだけに限らず多くの動物が実験動物として犠牲になっています。人類のためなのですが、同じ地球の生き物として管理人とことんにはとても辛いことです。もっと科学が進んでコンピュータでなんでも答えが導き出されるくらい進歩すれば、実験動物自体必要なくなる時代が早くくればいいなと思います。
 管理人とことんは、ハムスターの人間との歴史を調べて、今まで以上に、飼育しているハムスターを愛情を持って最後まで飼育する気持ちが強まりました。
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